最近珍しくstickamしたりしています。
12時現在、放送中です。長くやってみようかなとか思っているのでひまなひとはどうぞ。アカウント持ってなくてもチャットできますので。
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MOROです。
おなかがへっているのに食べたくない
とか
眠いんだけど眠くない
と同様の感覚で、
「動きたいんだけど動けない」「動きたくないのに動いてしまう」を捉えてほしい。
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お酒を久しぶりに飲んだ。いや訂正しよう、昨日も一昨日も飲んだ。
ただ、今日飲んだのは、安物のストリチナヤでもなくお土産物のラムでもなく、テキーラだった。クエルボゴールド1800は札幌から引っ越す際、知人からプレゼントされたものだ。ぼくが何を喜ぶのかを良く知っている。
もったいなくて飲めずにいて3年近くのベールを脱いだわけだ。お味は上品で、冷凍庫で冷やして少しずつ消費していく予定。
ガラム吸ってテキーラ飲んでりゃ世話ないぜと言わんばかりの組み合わせ。
ステカムでテキーラは驚かれる、まあ浴衣来ているんだから日本酒を飲むべきところであるのだけれど(ルパンの石川五右衛門がアブサンをラッパ飲みするようなもの)日本酒なんてあったら飲み過ぎるのは目に見えてるのでちょっと怖くて、それならテキーラのほうがやっぱりいいかと思ったりする。ウィスキーが一番良いのだけれどね。
飲まなくてもお酒は好きだ。そんなの理屈じゃない。
無生物は、良い。
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バーテンダーだったことがある。
あれは大学1年の秋。
今思い出してみるとやっぱり酒が好きだったと格好良いというイメージから入ったんだと思う。
それなりにぼくのお客さんも付いていたし、上司はしかるべき時にしかってくれていて非常に役立ったと思う。ただ、同時にあのころからぼくの持病の現れというのはあったような気がしてならないのだ。
調子が何となく悪い日はオーダーを間違える、グラスを割り続ける、仕事が遅い、話が右から左。
ミスの連続やらなにやら、とにかく「半端」でない。
逆に調子の良いときは、恐ろしいほどすべてが格好良く決まりすぎるくらい決まる。
まさに双極性だなあ、と今思う。
そこにいた上司の一人が、ぼくに教えてくれたことは「暗い闇があるってこと知ってる?」って急に聞く。気付いてないんだ、といって、心のクラヤミのことを教えてくれた。それはぼくのなかにみえることらしい。
素直なぼくはとりあえず保留にして暖めておいた。今考えるとなんかすごくよくわかる。お見通しだったのだろう。
バーテンダー業界(というか夜の業界?)ではすすきのの夜は1年で2〜3倍ずつ年取ると言われていた。それは精神的な意味合いを表すわけで、10年経つとおじいちゃんとも対等にコミュニケーションできるってことだ。
彼はその卓越したスキルでぼくに見えたものをおしえてくれたんだろう。
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いまは、飲みにニケーションしたいとは思わない、だから飲みにもいかない。
ひとりで飲むのがやっぱり好きだ。
上司のひとりの誕生日が昨日でなんかそんなことおもった。
MOROです。
善悪がわかるオトナが・・・というけれど、善悪なってわかっているつもりのオトナにすぎないないんじゃないかと日々おもう。
あんたの善悪はあたしの善悪ではないわ。
良いことを褒め尊ぶ文化が日本の主流だけれど、それは勧善懲悪の日本昔話の読み過ぎだったのかもしれない。魅力的な善はまだしも、くだらない善が多すぎる気がする。すくなくともぼくはそうやって小さな善に固執していききたような気がする。
ぼくはよくカンニング(cheating)をした。
80点では満足できなくて90点を獲るために友達の答え写したこともあるし、一生懸命カンニングペーパーの作成や机に英単語を書込んでは英単語の試験をクリアしてきた。放課後の居残りや宿題が増えるのが嫌だったからだ。
大学に至っては全く授業に出ることなく、試験日になってやっとコピーをもらって白昼堂々の違反行為を繰り返してきた。だから、ぼくの成績は比較的良い。それが心地よかったのだ。テスト本番にはまったく役立たないのに、小さな幸福を求めて生きてきている。ずるしても別に褒めてもらえる快感を得られるのなら、無駄な労力を払うなら一定のリスクをおってでもそれをしてきていきてきた。小さな小さな世界と快楽。それを正当化するつもりもさらさらないが、事実としてそういう気質がある。
テストだけでなく、そうやって”いいふりこき”の生活活動パターンを送ってきている。
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goodとbadという単純な関係。
badではなく、evilなそんなものが人には植え込まれている気がする。
魅力的な悪だからこそ、人はたちが悪いほうについていってしまうのではないか?そしてそれをうらやんだりしてしまうのではないか?
魅力的な善だからこそ宗教心を燃やすのではないか?
おなじく善悪に似た幸不幸というのを考えると、”幸福にならねば教”にしがみついたぼくらはなんだか非常に安っぽいものに固執している気がしてならない。
最近、幸福になろうとすると、かえってどちらの魅力も見えなくなってしまう気がしてならない。
魅力的な悪や魅力的な善に立ち向かうには知恵がいるけれど、そうしないと社会生活ができない悲しい動物なんだな、とかおもった。
いまのぼくは幸福にはなろうとは思わない。
MOROです。
体調/心調を崩していました、いまも正直良い状況ではないのですが。
そんなぼくのことを書いてもおもしろくないので、集中力のない感じで、ヘッドラインだけおしらせしておきます。
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こんなことをしているひともいるんだなあ、とおもいました。たしかにこどももみれるし、がいじんさんもりかいしやすいよね。おとなりのくに かんこくではかんじ+ハングルからハングルだけになったのだから、まさにひらがなせいかつ。
ひらがなのよさはへんかんなしですばやくつぎのことばがうてること。
ひらがなせいかつをするひとをひらがにすとというのか、わからないけれど、それはそれできれいだなとおもう
ぼくもきがむいたらこんなのもいいなとおもったよ
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豚インフルについて
予想通り早く感染が広がっていますね。正直これは完璧にマスコミの情報操作のマッチポンプだなというのがぼくの認識。発表の早い遅いだけでなく、病識/危機管理の共通意識の公共広告性のなさが露呈している。海外と比べて、「急に」感染者数が激増したあたりがなんとも日本らしい。マスコミだけでなく、感染被疑者が病院にいけなかったり、ネットで叩かれると思ったなどという言葉がでるような事態に恐怖を覚えた。2chの連中が何をいおうとすべきことはしないといけないのだが、それが意思決定に重大な影響をあたえるということが非常に悲しい。
民意がここまで没落していくなかでネットの匿名性の良さより悪さが情報におんぶしている気がしてならない。日本語での情報収集に嫌気が指すときがあるのはこういうときだ。
それにしても関西では高校のあちこちが休校になっているらしい。休校になったのでニコニコ動画にゲーム実況をうpしはじてた女子高生までもあらわれている、また大阪のカラオケ屋が高校生で満員だとも聞く。
なんだか、おかしい話だ。すべてひとごとなのだ。
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MS社のMac批判広告は効果あり、消費者の価値評価が大幅ダウン
詳しくはソースを見てもらいたい。広告業に携わったものとしては一言。批判広告という種類の広告で間接利益が生まれる業界があるのだな、ということ。
また、動画を見ればわかるけれど、正直MSはPCを作っている訳でなく本業はOSなのであって、Macと戦うのにOSと戦わずしてどうするというのがぼくの意見。
やすけりゃいいわけじゃないぞ、そのあとのソフトウェアや操作性や管理の仕方にOSのチカラがあるわけであって、「やっぱり安いHPのPCが一番ね!」的な愚直なCMは辞めていただきたいw
でもWin7つかっていますがなかなかの使い心地ですよ、今度はだいぶ改善されるはず。操作はだいぶmacの直感性に近くなった印象w
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その他
正直どうでもいい動画ですが。実写版アンパンマンはここまで手が込んでいるとなかなかの見応えがあります。
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最後に。
5月ももう終わり。ひk生活をしはじめて半年も間近。23歳も終わり。
やりたいこともないし。やれないことばかり。
見えない日々だけがつづいていきます。
MOROです。
最近、函館は寒い。いまも暖房を焚いてしまっている。今週もいつだか突然雹(ひょう)が降ってきた。低気圧が近づくと生活活動が鈍くなる。むかしむかし、人間が人間とも思わなかった頃は天気が悪かったら洞窟の中で焚き火でもして過ごしたんだろうなーとか思う。誰かが傘を発明したり、雨の日でも外い出始めるようになったりしたあたりから人間は負荷(ストレス)がはじまったのかもしれない。
それを打ち消すように創造性が人間に「遊び」を与えられたから人間の本能と社会性をプラマイゼロにするバランスをとってなんとか生き延びてるんだなーとか思った。(なお、サルにおいても幼児期は遊ぶけれど、生涯遊ぶ動物は人間だけ、人間は遊ぶ動物だというのも納得!)
だいたい、ぼくは上記のようなろくでもないことばっかり日常考えたりして生きている訳ですwたぶんそれが今の”遊び”なんだと思う。
まあ、難しいこといっても悩みは尽きないというのが、まあ、結論でしょうw 山の上に籠って仙人のようにしてくらしているMOROでも最近、体重減少・体脂肪率増加という悩みに苦しんでいるわけです。
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ぼくの応援している「登るニート」の異名をもつ道産子の星、ソロアルピニスト栗木史多(くりきのぶかず)さんも現在ヒマラヤにて8000メートルくらいのベースキャンプにいます。
彼と出会ったのはヒマラヤ山脈の一つ、チョ・オユー(8110メートルくらいだったはず)にのぼる時に空港に応援しにいった時だ。あれからマナスル(8136メートル)も登ったし、今回はダウラギリという山に登るという。3回もヒマラヤに登るっていう経験がすごいよねw
今回もヒマラヤ8000メートルで人生相談をするという無茶な企画をあのTプロデューサーにけしかけられた?らしく、頑張ってます。そろそろ登頂まじかなので注目してください。
栗木史多ブログ 冒険日記 http://blog.livedoor.jp/kurikiyama/
日テレ動画サイト>栗木ムービー http://toko.dai2ntv.jp/user/userid/toko024
栗木史多を知らないあなたへ(音が急にでちゃいます、すみません)
動画はたくさんあるので暇な人には時間つぶしに良いと思います。山の上から自分でカメラを回している栗木さんとか、登頂するときとかの動画は本当に感動します。爆風スランプのオリジナル応援歌が素敵すぎます!
なお、電波少年でおなじみのTプロデューサーですが、土屋さんとは一度ご飯を食べたことがあります。彼は本当にエンターテイメントの仕掛けっていうのをすごいしっている人だなぁと、当時思った記憶が有る。ああ、あとフツーじゃつまんないじゃんという普通な自然感覚がすごい素敵だなと思って結構すきです。
みんなが知っている猿岩石の動画でもうpしてみたw 懐かしい感じでとても新鮮です。時間潰しにどうぞ☆
そういえばこういう番組って最近減ったよねー
MOROです。
2日間雨が続いています。低気圧に弱いぼくが家から出ることは無謀きわまりない訳で家でじっとしていました。体が非常に重くてだるい、家にいても地球の、宇宙の影響を受けて生きているのだなと実感します。
正直最近はいつも悩む趣味に打ちひしがれていることが多いように思う。
何から順番にすればいいのかわかっていない。夢追い人だなんていうけれど、さしづめぼくは夢追われ人のようにして生きている気がする。その夢は当然、虚無や幻想の類いだと思う。なんだか、「あらねば」ならないことを蔑視していたのが裏目に出て過去の「ねばならない」が頑固にこびりついているような気がしてならない。
人の意見を聞きたいっていう欲望はないわけではないのだけれど、たぶんそれは二の舞だろう。自分の頭の中で納得しないとだめなんだろうね。
こんなにひとりになったことって本当にないから、自分と同居する作業を本当にやってるってことなんだと思う。
本当にいろんな人に迷惑かけてるなーとか思いつつ、動けてない、自信がない、ってのが素直な現状なんだと思う。
MOROです。
昨日、久しぶりに外出。いつものように着物で教会群を散歩しました。

教会は綺麗だ。ポリシーがあるって言う感じ。
吟遊詩人のように綺麗なものを見て吟じてそれからいろんな世界に見を投じることできたらいいな。教会のように海外のものなのに馴染めべき場所にいられる。そんな力が優しくて好きだ。
MOROです。

自宅2階の窓から。iPhoneカメラで。はいから号はおしゃれだと思う。
緑もずいぶん濃くなってきました。電車のお姉さんの足がチラリ☆
最近定番になってしまったガラムを吹かしながら、ボブマーリー聞きながらぼうっと道の往来をみています。浴衣で窓に腰掛けてるのは気持ちがいいものです。
去年と今年でずいぶん違う生活だけど、なんとなく今たまに訪れる時間のほうが限りなく豊かだと感じるときが有る。なんというか余裕。生きているだけで他は何もしないという余裕。
生活や人間関係の些細なことでなくて、地球とか宇宙とか生物とか大きく抽象的なものを考える時間をとりたいものです。
MOROです。

ついに人は暇だとここまでやってしまうものなのですね。発売9月と言われているWindows7のRC版をBootcamp でMacに入れてみました。RC版はざくっというとβの次みたいので、だいぶ改善しているようです。いろいろ噂はありますがVistaよりは圧倒的に評判は良いようですね。
さっそくWindows7をダウンロードしてみました。だいたい3ギガちょっとのファイルでisoファイルになっているのでDVDに焼いて起動ディスクを作成します。Bootcampでのパーテンション設定を含めてもインストール自体は30分も見れば余裕でできるので、まあ、良い方でしょう。
さてさて。実際の使用感としてはああ、Windows特有のdqn満載だなとおもうところと改善しようと言う気は少しはあるんだなというのの半々です。大きく変わったのはツールバーかな。昔のようにアイコン+アプリケーション名のような表記ではなくmac的なアイコン表示に変わったことでしょうか。壁紙はなぜか熱帯魚的なのでしたがあまりセンスがないような気がしてなりません。魚は呼んでねーと思う人も多いでしょう。このあたりwinは仕方ない。相変わらずIEの設定がめんどくて、こんなブラウザでmsnサーチ推薦しちゃうのってどうなの?ユーザーにとって不便きわまりないんじゃないか?とか思いました。とはいえ、そういう疑問を抱くような人はwin使わずLinuxとかにいっちゃうかと思うと納得します。結局知らないとどんどん不便なツールで簡単なものも難しくなってしまう、おもしろいものもつまらなく見えてしまう現代社会の縮図だなーとか思ってしまいました。
macのBootcamp用のアプリケーションはインストールできなかった(エラーが出る)ので仕方なく一つ一つ手作業でインストーラーを開きました。Macでの2本指操作ができないなど不便な点は残っています。このあたりはmacから改善策がでることでしょう。きっと需要は多いでしょうから。
これからWindws7でゲームなり、e-learningなりやっていきたらなーと思っています。
MOROです。
理系離れだといわれて久しいですが、そもそも日本は理系を育てる意思がないからだとおもいます。政治家に文系がほとんどなのはそもそもおかしいし(政経学部卒だから政治家になれるわけでもないのに)科学技術の恩恵を日々受けて生活しているのに、それに目がいかない。というのはどうしたものかと思うのです。
自然科学ってのは「なんでそーなってるの?」っていう疑問がおもしろいわけで。そこに興味がないのはすごくもったいない。「なんでもいいじゃん、そんなこと」といったら人生おしまいです。MOROの哲学として如何に無駄なことをするかが生きる意味だとおもっているので、無駄な科学がおもしろいなーと思うのです。これは自然科学でなくても通ずることではあるのですが。
ビジネスにおいても科学的発想というのは、非常に有益だと感じています。たとえば社会起業家として有名なフローレンス=ナイチンゲールは統計学者で、戦争での死亡理由が戦死者よりケガや病気のほうが多いことを証明して看護士という職業を作りました。産業を作ったという意味で統計学に裏打ちされたものがあったから、看護してくれるナースのおねえさんがいるわけです。彼女がいなければナース萌えすることもなかったわけだ。
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以前、前のブログでサイエンスサポート函館の取り組みに関してはお知らせしましたが、そこで研究者インタビューサイトを作っています。そこで深海のイケメン先生(うちの学部)のインタビューがのるのですが、それに関連してこんなwebサイトがあります。
MOROのプレイ画面、しんかい6500みたいな潜水艦で探索します。

AIのジュールさんが深海探検に付き合ってくれる、深海生物ハンターのようなフラッシュです。すてきすぎます。声があまりにゆっくり懇切丁寧で癒されます。オトナがあそんでもおもしろい。お金がかかっています。
癒しが足らないあなたにはうってつけです。税金つかって文部科学省がつくったので、一度やって元をとらないと損です。